2018年04月01日

少女の用事

 思い出そうにも思い出せないのはどうしてだろう。記憶から抹消されたものはもう思い出せないのだろうか。
 わたしにはわからない。わたしのことがわからない。わたしはどうして消えてしまったのだろうか。
 未だに教会の中で祈りごとを捧げている。祈っているのは悪くはない。それでも。
 一緒にお祈りしてくれた少女はもうここにはいない。どこか遠くに旅立った。
 もう、忘れてしまったのだろう。私のことを。
 いつか、当たり前のように思い出していた頃。私がまだ、幼かった頃。
 二人で一緒に食べ物の買い物をしたり、二人で一緒に食事をしたり、そんなにも当たり前だった二人の生活はあっけなく崩された。
 それを思い出しても仕方がないのに、それでも私は思い出そうとしてしまうのはどうしてだろう。
 いつの間にか、外から雨音が聞こえる。外は雨のようだ。
 綺麗なステンドグラスに華奢で豪奢な色が反響する。雨音はそれにノイズを加えて当たり前のように笑っていた。
 私は涙を流して必死に祈る。聖像に祈りを捧げる。
 だけど、現実は非情だ。何も起こりはしない。
 そして、それは運命にも非情だと思った。
 それは、少女が大きくなった姿で頭の中で浮かんだから。
 何度も祈った。そして叶った。私は笑った。そこに浮かんだんじゃない。そこにいるから。
「ただいま、シスターのお姉さん。長い間ごめんね」
 一瞬でわかってくれたことが嬉しかった。すぐに傍よって手を握る。
「どうしたの?」
 私は言葉に出さず、涙を流す。私は非情だと呟く。
 記憶の中にいる少女と同じ姿。記憶の中で一緒に笑った少女と変わらない。
 私は思い出せないことはないのだと確信し、私の過去に嘘をついたことを共に祈った。
 あぁ――。
 わかったよ――。
 この感情は――。
 祈っている間に知ってしまった感情。
 それは。
 泣くという人として当たり前なことなんだから。
 私は思い出した。記憶の中にいて抹消なんてされなかった。
 そして、笑顔が自然に零れて少女の手を取ってその場で踊った。

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思い出せなかった記憶

 月夜の光に照らされる大地
 ざわめく森の中に一筋の影
 漣の波音が海から漂う
 潮風に吹かれ雨音は巨岩に一念欲す
 鬼灯に降りかかる雨はいずれも水を欲しがっていた

 私のことを覚えている人はどこにいるのだろうか、と考えても仕方がないのだが、私は私で一生懸命に頑張ってそんな人がいたのかいないのかを思い出そうとしている。この広い大地に足をしっかりと据えて少しずつ楽しくなっていく自分の感情。
 驚いているのは私だけなのだろうか。わからないが、どこにでもいる私の考えはどこに行けばなくなるのだろうか。
 一人でぽつんと残される。一人でいつものように寂しく笑う。
 それはとても大切なことなのに、それがとても寂しさを作るものとなっているのだから。何をしていても、私は笑えずにいられたら、やはり寂しくなるのだ。
 公園の中で一人でブランコに乗っている姿を思い浮かべる。一人で何をしているのだろうと自問自答しても仕方ないが、とにかく、孤独だった。いつもこんな感じで私は涙を流したくなる。綺麗事なんて何もいらない。綺麗事なんて必要なんてない。
 ただただ、埋没する想いは少しずつ消えていく。昔、空を見ていた頃に被る思い出。笑っていいの? と呼ばれているのが当たり前だった頃。
 一生懸命に友達といることが楽しいと思っていたことが今の私に影響を与えている。どこにでもいるような私を捕まえて、様々なことを教えてくれたその友達の存在。私は非常に感謝している。少しでも楽しいことをしたいのだと思っているのだけれどそれでも笑顔のような太陽の光が眩しく感じられ、思い出の中で暮らしているその人に声をかけた。

 林道に樹々から吹かれゆらりと零れる葉っぱ
 うそうそ時に降りかかる雪
 鬼灯に花が咲く
 舞い踊るかのように雨は何度も降りかかる
 滝の水流音と共に

 何をしても良いのだろうけれど、私は何もすることがないのだと考えているのが何をしても良いのだろうと思う。突然のように現れたその人はどこにでもいるような人だったような気がしたのだ。滝から降りかかる水が身体に当たって涼しく感じる。いつものように修行僧のようなことをしているのはどうしてだろう。
 私の心にも水を浴びさせてやりたい。綺麗な水を飲みたい。だけど、ここはまだ夜の帳が降りたばっかり。少しずつ、思い出を思い出すだけで、楽しいのか楽しくないのかは未だ不明。
 空は今でも私を見つめている。嬉しそうに雲は流れていく。森の中にいる私は綺麗な星々を眺める。
 もう私のことを覚えている人はいないのかもしれない。でも、それでいい。
 私は私だけの世界の中でひとりでいる。それだけは確実なんだから。
 
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2018年03月08日

旅立つ前に

 共に居てほしいと願ってしまったから。共に遊ぼうと願ってしまったから。僕はよく笑っていた。なぜ笑ってしまったのかは今でも良く思い出せない。それでも一緒にいようよと遊んでくれたのだから、僕は笑っていた。
 気が付けば思い出の中に二人で遊んでくれた人を友達と思っていた。僕は涙を流して、綺麗な瞳に映った答えを知りたくて。それでも何もできない瞳の中に一緒にいた人を映す。そして一生懸命になってしまったのだから。それが僕の大切なもの。それがわかったからよかった。それは一緒に遊んでくれたことを信じていた人が夜空を眺めているということなのだろうか。
 なぜ、そんな抽象的なことを思い出したのだろう。
 なぜ、そんな事象的なことを思い出したのだろう。
 僕はまだ小さかったころに遊んだことを思い出しているのだから。その少女と一緒に遊んだ記憶が今でもまざまざと甦るのだ。
 友達として見てくれたその少女は今でも感謝している。そして一生懸命に僕を支えてくれた思い出と共に、僕は笑っている。
 そう、永遠に。
 そう、永久に。
 僕は喜んでいるのだから一緒にいてほしいものだと神は言っているのだろう。僕が喜んでくれたのは少女を見つめている。それが嬉しくて、それが楽しくて。思い出と共に封印してしまった少女は僕が産んでしまったのだから。それはいつまでも一生懸命になっているのだから。よろしくと、言ってくれた答えはどこに行ったのだろう。
 一緒にいた部屋の中で少女のくれたポスターがひっそりと笑ってくれている。楽しそうに笑っているポスターの人がにっこりと、僕に微笑んでくれたかのような気がした。
 僕はベッドの上で天井を見つめる。蛍光灯がチカチカしている。窓から差し込む光が今はまだ朝だということを知らせてくる。傍には愛猫がころころベッドから転げ落ちる様が見えた。少しだけクスリと笑ってしまう。この表情が女っぽいってよく笑われてしまうことに自己嫌悪を覚える。
「はぁ、一緒に遊んでくれないのかな」
 友達として遊んでくれている子がいないかなと、最近、お母さんに言われたのだ。なにも出来ない、そして不甲斐ない僕に声をかける唯一の存在なのかもしれない。一緒に遊んでくれないのは僕の不甲斐なく、ダメダメ人間だということも少しは自覚しているつもり。一緒に遊んでくれないのは僕の悪いところ。それはわかっているのだけど、でも、一緒に遊んでくれないのはやはり、ダメだということだろうから、こうやって悩んでしまう。
 今はまだ家の中が静まっている。お母さんはまだ眠っている。お父さんはきっとどこかで遊びほっつき歩いているのだろう。ほっつき、なんて言葉を知ったのもお母さんからだ。
 お父さんが一緒に僕を連れて外で遊んでいると、お母さんが泣いていた頃。僕はそのとき、たまたま家に忘れ物をしたのだ。そしてお母さんが僕を連れていったお父さんのことを嫌に思っていることを言ったりしていて、そのときに「ほっつき」という単語をぽろっと言ったのだ。そして家で慰めるつもりでお父さんを無視してお母さんのことをなるべく考えるようにしたら、お父さんが僕を無視して遊びに出掛けたのだ。それがどれだけ続いているのだ、と父方のおじさんが叱っても知らん顔。
 結局、僕を産んでからのお母さんの人生は後悔かもしれない、と言ったのはあながち間違いのないものなのかもしれない。それと、お父さんは仲が悪いだけならいいが、それを超えて無視しているから、家族仲は冷え切っている。もうお母さんは離れたいと思っているのかもしれない。そう思う。
 僕は一緒に遊んでくれる子供がいないことに嘆いているけれど、それでもいなくてもそれはそれで散歩なんかを楽しむことができるのだから、今でもゆっくりと自分の中の心を研磨していくという方針に従って、ゆったりとしている。
 そんなことを考えていたら、外の景色が霞んで見えてきた。陽射しが僕の目元に突き刺さっている。痛みなんかはないが綺麗な星屑がくれる星光が僕に起きろと言っているみたいだ。僕は今でも信じている、世界のことを作っている人を探すというしめいかんを頑張って探し始めるつもりなのだ。楽しくても、楽しくなくても、僕は僕で頑張って、お父さんにはならないよう努力しよう。
 ふと、そう思って窓から外を見ると、蒼空に雲が流れていた。まるで、僕の考えを支えるかのようにゆったりと雲が靉靆としていた。

 友達の感情が 教えてほしいのだから
 一緒に居てほしいのだと 想っているのなら
 一緒だということに感謝しながら
 友達としての思い出を大切にして
 嬉しさ倍 哀しみ半減
 一緒にいるのなら そのことを知るのなら
 一人称の言葉を使いながら 二人称の言葉を使いながら
 そして
 三人称のことを知っている
 それが 大切なんだから

「おぉい。今日は遊ばないのかーー!」
 外で一人で楽しんでいると隣の小父さんがスコップを持って何をしているのだろうかと思わざるもないことを、と僕も動揺していた。
「どうしたんですか」
「いやな、最近孫夫婦に子供ができたんじゃ」
「え? でも、小父さんのお孫さんってまだ、幼いんじゃ。夫婦にはなってないし」
「養子をとったんじゃよ。だからその養子が今日遊びに来てな」
 嬉しくなっている表情を僕の顔から読み取ったのだろう。遊びたくてしょうがないという顔がバレてしまったのだ。だから、僕としては嬉しくて仕方ない。ただ、学校を休んでこうやって家の傍で一人で遊んでいるのはあんまり勧めることはできないが、それはとてもじゃないが僕としてはその時間を共に過ごせるのは嫌なのかもしれない。とりあえず、僕は笑って過ごそうとしたのだが。
「養子と友達になってくれやしないか」
「めんどくさいので。では」
「そうか、残念じゃのう。美味しいクッキーがあるというのに。今晩はステーキを食べようとしていたのじゃが」
「養子さんって可愛そうだね。僕、美しい人と巡り合えてラッキーだな」
「じゃが、そんなものはどこにもないのじゃよ」
「めんどくさいので。では」
「今日は草むらにいるウサギの肉が美味しいのじゃよ。養子とステーキを摂取すると胸も大きくなっているようで、これから、旅立つことも考えたら、豊満であるがゆえに」
「僕、その養子さんと結婚する!」
「さて、わしは行こうかの」
 僕はこんな会話をしているのがどうしてか面白く感じてしまった。そして、僕は下心ありありな自分に些か恥ずかしさを覚えてしまってしまった。こんなにも動揺しているのが小父さんには伝わってしまったのだが、それでもいいとも思える。そしてこれからのことを思い出すことに嫌気が差して、それを小父さんには見えないようにした。
 空を見上げる。綺麗な月と星が煌めき、三日月と呼ばれるものと流星群と呼ばれるものが重なって、夜空を重ねる。星々に月が教えている。
 一生懸命になれば夢は叶うよ。
 どうしてかそんなことを思い出したが、笑って、朝空を見ていると、鳥が飛んでいた。こんなにも美しい世界を知っているのだからと、笑っているのが嬉しくて。鳥はいつもサミーゴを知っていた。サミーゴは笑っていた。
 さぁ、行きなさい。
 そんな予感がして、僕は綺麗な杖を持って、小父さんを目で追いかけた。

 いつものように笑っているのだから
 それがたとえおかしくても
 ひつようせいあらゆる 言葉と共に
 涙をながしてしまったときの
 言葉は
 必要性なんてどこにもない
 それが故に
 人は泣くのだから

 僕はとりあえず、外に出てみる。夜空が美しく、見た感じでは思い出の中にいた、少女と重なる妖精が僕の頃と何も変わらずに必要性ありふれる言葉をそれに映し出す。綺麗だと信じているのだから僕という感情はどこにも行かなくて。それが知っている答えだとしても、追及せずはいられない。僕の正体を知っているのは誰でもない人なのだ。人という存在が僕を作り、僕という存在が人を創る。それは間違いのない哲学的思考だが僕は笑って答えることができないのだから。必要以上の言葉を景色に映して、心に涙を流すことを作ることができるのだから。
 答はどこにでも転がっているのだから。いつもながら、僕のことを笑っている少女は浮遊している。感情かそれとも心か。思い出の中にいる人を魔と呼ぶとすると、それはたいして意味のないものなのかもしれない。魔はこの世界には存在しない。いずれにしても世界は何も変わっていない。それだけなのだろうか、笑ってほしいと思った答えは意味のないものだとしても想いだけは大切にしたくて、思い出の中でいつも笑っている少女に応えてあげたい。僕はいつものように覚えている答えをここで出したいのだろうか。それは大切なものなのか。それは必要なのか。それは想いに反することだろうか。
 わからないと自問自答。必要性があるのかはわからないけれど。それがどこにでも転がっているのなら、何もしないのだと知っているから。答えは、答えは。
「なんで、こんなにも難しいことを考えているんだろ」
 わからない。言葉の中に潜む悪意が僕を志向の苦しみに突き落とすのが怖くて。どこにでもあるものかもしれない。わからないのかもしれない。でもそれらしきものはどこかにあるはずなのに。それは失いたくないのに。でも、それがそれでいつも以上に大切なものだと知っている。
 あのとき、小父さんと会話したことが今でも心に残っている。そんな印象を初めて抱いた想い。心に灯された光はいつまでも絶やされることはない。そしてその魂はいつに増して笑いを残していつまでも傍で泣いてくれるのかなと、必要ではない志向を持ってしまうのもいずれ失っていくのかもしれないと思ってしまうのはどうしてだろう。
 いつの間にか、外は雨。晴れだった昼間から一転して曇天に雨雲が突き刺さる。泣いているのは鳥か、それとも何もわからない、僕なのか。それもわからず、今日も家の中で外を眺めながらベッドで横になっている。何もしないのはいけないけれど、言葉を残すのは必要ではないからいつものように言葉を紡いでいくぐらいしか僕にはできない。なぜ、最近、哲学的思考を繰り返すのだろうかと思ってしまうのだ。面白おかしく毎日を過ごせばそれでいいはずなのに。
 僕はうだるような暑さが嫌いだが、寒気極まる突き刺すような痛みは好きである。そんな意味不明な自分の身体が少しおかしく思える。それはとても馬鹿らしくくだらないのだが、それにしても笑顔を作ることが素敵なのかもしれない。いずれにしても、答えを持ち出すのだから、僕は時々思い出す。言葉を思い出すのが当たり前になっている自分がいつものような自分を素敵にしてしまう、そんな思い出を。
 いつの間にか、外は煌めているのだ。光が溢れる夜空に月だけは輝いていた。
「ねぇ。私と一緒に居たいって思った人ってあなた?」
 月から聞こえた気がした。それが耳を疑うようだとは全然思わなかった。何もしなくても言葉は大切なんだと知っているから。必要以上に想いは載せないのだと。
「知らないよ。でも僕の声に聞こえるような、そんな意味の分からないものがなんで素直に」
「何を言っているのよ」
「意味不明な言葉です」
「それを自覚しているのね。なんて馬鹿な子」
「馬鹿で悪かったですよ。あの人」
「あなたです」
「犯人?」
「なんのよ」
「漆黒の天使様みたいな感じ」
「この番組は漆黒の悪魔様の提供でお送りしました」
「ということで、帰ってください」
「せっかくボケたのに! なんてあなたは非情な人!」
「ということで寝ます」
「寝落ち禁止!」
 僕はからから笑ってベッドから降りる。
「僕のことを知っているんなら、もしかして隣の養子さん?」
「うん。なんかおじいちゃんがいたら嬉しがってくれるよって言ってたから。それと」
 一瞬空気が凍った気がした。それに少し体が怖気づいた。僕は笑っていいのだろうか。そんなくだらないことを気にしてしまった。
「サミーゴをどうして知っているの」
 あれ? 僕の意識はどこに行くの? 人魂のようなものが抜けていくよ? 目の前に可愛らしい女の子がいるよ?
「サミーゴは大切な鳥の名前。それをどうして知っているのか、答えてくれる?」
 この人は誰? 一瞬飛びかけた意識が笑っているのだとしても僕は恐怖になってしまうのだから。
「まぁ、いっか」
 そしてその空気が穏やかになる。それは何も残さず消えた。なんだろうと感じてはいるのだが、それがわからなくて。
「ごめんね。私の家系は代々魔族の血が流れているから。きっとこれからもそんな人生になっていくのだろうけど。あなたがいてくれたらまた旅も出来ると思ってね」
「旅?」
 僕は恐怖を感じている。いつものように穏やかな気持ちを取り戻したいと思ってしまう。綺麗な瞳の中に潜んでいるこの女性の悪は僕にとっては負の力を感じてしまうのだ。そしてそれは僕が求めている答えだったのかもしれない。
「旅はね、危険だよ」
 そんなことを知らないくせに、シラナイ? そんなことを知らずに、シラズニ? 僕は笑って良いの、ダメダヨ?
「必要以上のことは必要としないこと。まぁ、今日はあいさつに来ただけだから。ここの家の場所覚えていずれあなたを導くから。運命に絆される前にいつまでも考えないこと。じゃ」
 そうして、女性の空気は消えた。ここからこんな雨の中にどこに行くのかはわからないけれど、僕はとにかく、固まって何もできないのが本音だった。
 女性は悪なのか。そしてその反対の正なのか。そんなくだらない思考の中に女性といられるんなら、僕はわからないけれど、必要以上に考えてしまっているのが、狂いの象徴になっているのだと、教えてくれたのかもしれない女性。曖昧な考えは少しずつ心に残りだす。そして心に刻まれていく、一つ一つの言葉。笑っているのが美しいのだと。泣いているのが美しいのだと。
 ただただ、それだけを知ったから、教えてくれるのかなと潜んでいる悪夢は夢魔に作られていく感情。わからないことは心に残しだしていく、そんな世界を創りたいと、そして言葉を失いつつの中に世界は一つも答えになっていないのだと知っているから。
 やはり、僕は混乱しているのだろうか。女性のことが気になるも、今はまだ記録の中に潜む心がいつまでも忘れてしまったのだから。
 だから、行こうと思う。これから、僕はいつものように心を大切にしている自分を愛することが大切なんだと思えばそれはそれで解決できるのかもしれない。女性と共に旅をして僕の答えを知ろうと思う。
 僕の答え。
 それは。
 世界とはどのように創られているのかということを――。

 知り尽くした答えを求めても
 知っているが故に知らず知らず
 笑いつくすのだから 答はどこにでもある
 答を知るものがありふれている世界の中で
 どこにでもいるような人の中に人は存在できる
 それが故に それが大切なのだと
 知り尽くしたのだからわかる
 それが 答なのではないのか
 未だわからないが それは
 大切なんだと 今
 知った

「旅立つ前に」

 これからのことを考えているのだから僕はあの女性についていくのは大切だとわかっているつもり。いつものように笑っているのだから、これからのことを考えているのだから。
「でもあの女性は何だったんだろう。旅でもしに行くのかな。いや、当たり前だろう。行くに決まっている。そんなことを暗喩していたし」
 言葉で伝えられている魔の存在を知っていたあの女性はどうして僕についてきたのだろう。わからないけれど、それでも大切なものなんだと知っているから。
 魔。
 それは普遍的な答えを齎すのことだと信じている。だが逆の「人」が異変的な答えを示すのもまた信じてもいる。どちらかの立場になればわかるのかもあるのかもしれないが、それはそれで大事なことなのではないのだろうか。いつに増して、夜空を見ながら考えることが多くなった。必要以上に考えることも止まることはないが、それでも綺麗な星空を月と見上げることに対して、今でも同じことを思う。それはどこか必要悪だったり必須人だったりする。
 人。
 どこかにそんな答えを持ち出そうとしたのだから。フラッシュバックする少女の面影。綺麗な瞳に映るのはあの時の思い出。
 二人で絆を結んだ、二人だけの世界。いなくなったその表情。信じられなかった事実。いつも見ていたはずのその笑顔を僕はまた失った。
「あの女性はいつも笑っているのかな。どうして、面影が被るんだろう」
 わからない。わからない。どうして僕は。
 それでも月が煌めいている姿を見ていると心はときめく。だってあのとき。
 信じているのは何もないのだと知っているのだけれど。だけど、信じているからこそ笑顔があるのだとどこか遠くに見てしまった地平線と水平線。海辺で漂う二つの影はいっそう伸びていく。弾ける感情にありふれる表情。
 僕はどうして、こんなにも失ってしまったのだろう。わからない。だから、それを追い求めるために少女の姿をしていることが今でも思い出せる。どこで失ってしまったのだろう。いつも以上に意味の分からない心との対話をしてしまう。
 失っても、何もできない。わからないけれど。わからないのに。
 思い出すのはあのときの。
 ――はにかんだかお。
 一緒に笑ってくださいと言ったのに。一緒に居てくださいと思っていたのに。
 少女の言葉は僕の心に豊かな富を与えてくれた。
「今の僕を作ったのは少女だ。確か名前は」
 サミーゴ。
 まだ、この大陸に魔という概念がないときにそしてその存在が伝説だったときにサミーゴは僕と一緒に遊んでくれた。そして僕と一緒に遊んでいずれ、「めおと」になりたいって言ってくれた。
 そして僕はその言葉自体にわからないといってサミーゴは笑ってくれた。そして照れながら。
 ――それを知ったときに私とアミーユはそれになれるのよ。
 そしてしばらくして、サミーゴは家の中からいなくなった。
 僕は一緒にいたことが大切だったことだと泣いてしまった後に気付いてしまった。どこにもいなくなったのだと。どこか遠くに消えてしまったのだと。
 サミーゴは鳥だと女性は言った。だけど、それはこの大陸に魔が進出してきたときに鳥に変えられてしまったのだ。悪い魔法といえばわかるのかもしれないとその当時に戦士だった人に言われた。
 サミーゴがいるのは僕の近辺なのかもしれない。その時から僕はサミーゴを探し出した。いずれにしろ、僕はいるのが当たり前だった頃を思い出しながら、一生懸命、自分なりに探したのだ。それでも一生懸命探せば探すほど魔は次々と僕を侵食していった。
 なにも出来ない不甲斐ない自分が情けなかった。そして、着実に魔がその大陸に完全に支配下に置かれたとき、ある場所で今では歴史の英雄になった勇者が跳梁跋扈している魔を駆逐しだし、その頭領格である「魔法」を理解したのだ。
 理解して、それを操られるようになりだした魔は焦った。勇者が次々と村、町、城下街、城を救い、今や完全に人が魔を支配下に置き、有用なものだけを魔から取り出しそのまま、大陸を救ったのだ。
 だから、今はもう平和な大陸になっていて、存在が確認されている魔は絶対的に何もできないのだ。その「魔法」を下手したら作ることが出来ないのだから。そして、魔に法があるのだと知った人々が楽しみの為に魔を使い出した。
 そうして、平和を創り出した勇者が忽然と消失してしまった賢人に連れ去られたことは今でも語り継がれている有名なこと。
 その賢人は共に勇者と世界を助けたが、魔のサキュバスに力を操られ、勇者を違う世界に連れていかれた。そしてその賢人はまた、魔を使い、あの時の日が蘇ることになってしまったのだ。
 ――「魔法」の復活。
 そしていま、大陸の中で激しい争いが生まれている。魔を使って支配下に置こうとする、「賢人派」、勇者の子孫が中心となって魔を駆逐する「勇者派」。その争いは未だ続いているのだ。
 だが、僕の周りにはまだ魔が進出する前の象徴がかなり残されている。そして僕はここで平和に暮らしているのだ。サミーゴと一緒にいた頃と何ら変わりのない平和があるのだと。
 そしてその女性が恐らく、勇者派に所属しているのだと気付いたのだ。僕は大切にしている想いをその女性にぶつけてみようかと思った。いつも笑っていそうな、サミーゴを知っている女性。もしかしたら、鳥から変えられてあの女性になっているのではと思っても無理からぬことかもしれない。なぜなら、サミーゴは僕の知らない世界で産まれたといっていたから。
 いつしか、サミーゴと居られるのではないか? そんな想いの中で、今日も過ごしていく――。

 世界を救ってしまっても
 英雄は残されなくても 人は望む
 争い消えない 幾星霜の中でつかんだ理を
 知るものぞ知る 世界のことを
 知ってしまったが故の 想いは
 いつまでも消えることない そんな
 感傷秘めた 思い出

「それで」
 私はお父さんに聞いてみる。あの男の子がなぜ、私のことを覚えていないのか。
「それはだな。アミーユという名前を忘れているんだ」
「なんで? また異世界に行かないといけないの?」
 手作りの料理を食べているとぶっと吐いてしまったコーラがお父さんにはもったいないとどうでもいいことを考えている。
「異世界とかないだろ」
「お父さんは、とりあえずは勇者派なんだから、見れないものを見ているのは当たり前なんじゃないの?」
「異世界はないんだ」
「というか、そんな世界を知っても、意味ないしね。お父さんに対しては」
「異世界の存在は賢人派なのではないかという意味なんだが」
「あぁ、そういうこと」
「そういうことだ。だからそんなものはないんだ」
「いや、あるでしょ」
 お父さんが魔を知ったのはどれほど前なのかを私は覚えていない。ただ、恐怖に駆られてこの村までに逃げて村民に大切に守られていたのは覚えている。それはとてもじゃないが、お父さんは泣きながらここで一生を過ごそうと思っているのだから、私が異世界に行ったら心配になってしまう、そんなところだろう。
 それにしても今日も外には雷が降り下る。勢いよく何度も何度も轟音が聞こえる。この大陸を破壊しようとしているのではないかと思うほどの轟音だ。
 結界ももうすぐで消える。恐らくここにも賢人派の者が潜んでいるような気がするのだ。私はそれが怖い。
 それはもう消えない想い。それすらも魔は吸い取ってしまう。ずっと答えを信じている、アミーユがなんでそんなことを、とも思わなくもない。それは、いつも笑っていた私のことを教えてくれたのだから。
 綺麗な思い出の中に世界はいつも馬鹿にしていたことを教えてくれた。星々の中に答えは残っているのだと。いつものように望みを残さず、望みを壊さず。
 私の感情は何もなく、故に残すものもない。でも思い出ぐらいは良いだろうとは思っているのだから。いつまでも一生懸命に考えているアミーユが面白く思える。そんな偶像を崇拝しても意味はないのだけれど。
「さて、今日のご飯はここまで。私、今から異世界に行ってくる」
「それはアミーユとは行かないのか?」
「行きたいけれど、必ず魔に操られるよ。そして記憶を抹消されるよ。それが苦しいのだから」
「アミーユに名前を教えるために異世界に行くのか」
「うん。幼馴染とかそんなんだったら楽しいけど、でもそれ以上だしね」
「そんなにアミーユとは仲が良いのか」
「お父さんにはわからないよ。でもまぁ、それもいいかもね。いつの間にか外は綺麗になっているよ」
 外を見れば突然のように変わっている空気。それはもう、隔離されているはずの魔がそこには残っていないという意味だ。美しい世界を見たいのに、それでも変わらない者があるのだとしたら。それは賢人派のことなんだから。
「さて、私は私で思い残すことがないようにしないとね」
「どうした」
「いや、別に」
 私は外の景色をじっと見ている。きっと気のせいではなく、それは綺麗な思い出と共に在るのだから。人の想いはやがて世界を構築していく。綺麗事なんてもったいないと思ってしまうのはどうしてだろう。きっとこれからのことを一緒に考えているアミーユに名前のことを覚えさせないといけないのだから。綺麗事なんて嫌いな人が多いんだと思う。
 でも、じっとしているのは綺麗ごとを知っているのが私の考えなのだろうか。人にとって何が大切なのかはわからないが、私はお父さんに一緒にいてほしい人を教えてくれたようなものだ。きっと、きっと。
 失わずにはいられないのは涙を流していることであり、涙をこれからも伝えていくことが出来るのなら、私はそこにはいない。人で遊んでいる人はどうしてもこんなにも無駄なことをしているのだろうか。
 わからない。わからないけれど、一緒に欲しがっている星の名前を一緒に探しに出掛けるといってもいいのかもしれない。思い出の中に人は立ち尽くす。なにも出来ないと嘆きながら人は悲しみを乗り越えていく。人はそれが人生というものなのだろうか。それを考えていくうちに自分の大切にしたいものがいずれ同じことなんだとわかるから。
 一緒に遊んでくれた思い出の中に一人で悲しんでいた私を救ってくれたアミーユを今でも一緒に楽しんでくれるなんて。私は楽しんでくれる、そんな人をこれから迎えに行こう。
「じゃ、お父さん。私は旅に出掛けるから」
 私はお父さんの怒髪天を衝く勢いの表情を盗み見る。もしかして、賢人派の人なのかもしれない。肉親ではないから、ここから行こう。私は魔法を使っているであろう、その「オトウサン」と呼ばれたその人をもう、見空く。そしてそのまま私は家から出る。
「綺麗な星空。いつの間に夜になっていたんだろう」
 私は夜空を眺めている。星々の輝きがいつまでも続いているのだと信じているのだから。その星が思い出の中にあるものと同じだったら、と思わなくもない。それでも一生懸命、笑顔になるのが大切だと信じている人を支えていきたくて。それが私のやりたいことだったんだと思って。一緒にいてくれる、そんな人を支えたくて。
 私は夜空を眺めている。私の夜空を眺めている。
 ゆっくりと降りてくる夜空。帳が落ちる。そしてそのまま漆黒の夜の中に私は包まれて。
「待って!」
 その声が私には嬉しさを世場させるようなことをしなくてはいけない気がして、そのまま手を繋いだ。
 その温もりは今でも覚えているから。
 そんなことを感じた。
 そして、そこから二人の人間が消えたということを「オトウサン」はどう思うのだろう。
 そう思うだけで、笑みがこぼれた。

 人の世は わからぬ
 人と魔の存在が わからぬ
 つまり
 人の望むことが 魔の存在意義であり
 魔の望むことが 人の存在意義である
 それ故に
 人と魔の交互作用が
 ふたつの存在意義なのだから



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